松村邦洋 モノマネ芸と電波少年で人気に!マラソンでも話題

毎回、「モテぽっちゃり男子列伝」と題して、大きくて輝いている方、モテぽっちゃりの方をクローズアップして一人ずつご紹介していきます。
「大きい=かっこいい」が浸透することを目標に頑張ります。

ぽっちゃり芸の代名詞!松村邦洋さん

今回は90年代~2000年代にかけての代表的ぽっちゃり芸人、松村邦洋さんをピックアップいたします。
松村邦洋さんと聞いて「ぽっちゃり」以外に連想されることと言えば、何と言っても「モノマネ」と「電波少年」ですよね。
90年代の超人気番組「進め!電波少年」を皆さんはリアルタイムで見ていましたでしょうか?
若い世代の方からすると、
「あーあの猿岩石のヒッチハイクの番組」
というイメージも強いと思いますが、元々は松村邦洋さんの出世番組でした。

電波少年は良くも悪くもめちゃくちゃだった

今のテレビでは考えられないような無謀な企画が多く、アポなしロケは本当にめちゃくちゃでした。
これは当時の番組を見ていない人には言葉では伝えづらいですが、とにかくめちゃくちゃでした。
裏側は分かりませんが、生命の危機を感じるような企画も多かったですよね。
そういうスリルやテレビの限界に挑戦している雰囲気も含め、当時の若年層に非常に人気のある番組という感じでしたよね。

松村さんも体を張ったロケを毎回のように敢行し、ボコボコにされるのは当たり前、必死で逃げ帰ってくるなんてことも多かったですよね。
この番組によって松村さんは大きく知名度を向上させ、無茶な企画を遂行できるリアクション芸人として名前を売っていきました。

しかし、猿岩石のヒッチハイク企画が始まった途端、それまで以上に番組は盛り上がりを見せ幅広い年齢層が見る番組に変わっていきました。
それとともに松村さんの企画は徐々に減っていき、最終的にはその流れに押されて降板という形になったわけです。
降板には諸説あるようですが、基本的にはこのような流れのようですね。

魂が乗り移ったモノマネ

もう一つ、モノマネ芸人としても評価が高いのが特徴です。
似ているのはもちろんですが、本人が乗り移ったようなことを話すというスタイルを最初に開拓した芸人さんかもしれません。
代表的なところではビートたけしさん、プロ野球の掛布さんのモノマネは、本人以上に本人っぽいという定評があります。

その後のモノマネ芸では松村さんのように本人が乗り移ったようなことをしゃべる、逆に本人が絶対に言わないことをしゃべって笑いを誘う手法などが開拓されていきましたので、パイオニアとしての功績は高く評価されるべきですね。

マラソン中に心筋梗塞に

近年で大きな話題になったこととしては、マラソンで走っている最中に心筋梗塞で倒れ、生死を彷徨ったということがあります。
その後無事復活されて本当に良かったですよね。
大きな身体で激しい運動をすることの危険性を身を持って知らしめてくれたとも言えます。
やはり、ダイエットをするにしても体に見合った運動から始めていかないと危険ですね。
松村さんのように精神力が強すぎて無理ができてしまう人は要注意です。

モテぽっちゃりではないが、ブランディングには成功

松村さんは抱かれたくない男性タレントの上位常連だったこともあり、「モテぽっちゃり男子」というカテゴライズは適切でないかもしれません。

ただ、芸風としては女性に嫌われることを逆手に取って人気を博していました。
こういう考え方、開き直り方もありだということは頭の片隅に置いておくべきかもしれませんねー。

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